12月になっても、気温20℃近くになったり、雨、晴れ、
目まぐるしく変わる猫の目天気で、年末なのに温暖な日が多いですね。
温暖化が実感できるようになったのでしょうか。
この冬、このまま暖冬になってしまったら、いったいどうなるのでしょう。
青空の日にあわせて
京都市の北部、南丹市の四ッ谷という集落から
海老坂峠という峠を歩いてみました。
海老坂峠は日本海側の若狭と
京都を結ぶ、いわゆるかつての鯖街道という
古道の一つ。

日吉、四ッ谷の集落から細い車道を進み、車がなんとか上がれる終点に
玉岩地蔵堂があり、そのお堂横の渓流の流れに沿って海老坂峠に登りました。

登り始めは檜や杉の植林の暗い樹林地帯を進み、
やがて部分的に広葉樹の
明るい樹林も広がり、
さぞや多くの人達が行き交ったのであろうと想起させるような、
よく踏み込まれた歩きやすい道を登っていきます。
今回、わざわざ海老坂峠を歩いたの理由は、
この峠の八百比丘尼(はっぴゃくびくに・やおびくに)の伝説にひかれたからです。
その伝説とは「昔々、時代は
奈良、美しい娘が人魚の肉を食べ、
それから歳をとらなくなり、何百年たっても若いまま。
気味悪がった村人は近づかなくなり、娘は髪をそり尼となり、
地蔵を背負って諸国行脚の旅にでる。
全国を巡った末、比丘尼が、
京から若狭へ戻る途中の海老坂で一休みすると、
背中に背負ったお地蔵さんが夢に現れ、゛もう動くのは嫌、ここは良いところだから、
この地にとどまって衆生を済度する゛と。
すると、お地蔵さんが急に重くなり動かなくなって、
尼は海老坂の大岩の上に安置したという。その地蔵を祀ったお堂がこの玉岩地蔵堂」
というもので、お堂の奥にはその大きな岩が御神体として存在します。
伝説なので、いろいろ不可思議なものがあります。
1、人魚を食したっという、いったい人魚とは何か?
2、人魚を食すとなんで長生きできたのか?
3、八百比丘尼はもっと長生きできなかったのか。
4、美しかった八百比丘尼の画像は存在しているのか?
考えても意味が無いこととは思います。

<海老坂峠>
約30分ぐらいの登りで峠に到着。峠の北側の岩にはお地蔵さんが祀られてあり、
その上には南北朝時代という宝篋印塔があり、その先には山頂に続く踏みあと。
海老坂峠を通過して、落葉の厚く積もった登山道を
しばらく美山町
板橋方向に下って行きましたが、
車を置いた場所まで戻らなくてはいけないので、板橋への林道に出る直前、
再び海老坂峠から玉岩地蔵堂に引き返しました。
そして車で海老坂の反対側の登り口、板橋に行ってみようと思っていたところ、
玉岩地蔵堂に着いたところで、下からこちらに向かって登ってくる
お三方がいらっして、峠の向こう側、板橋の下り口にも車をとめているので、
「もう一度どうですか」とおっしゃっていただき、
再び峠に登り海老坂全ルートを歩いてみることになりました。
誠にありがとうございました。
posted by てん at 00:59| 長野

|
Comment(1)
|
TrackBack(0)
|
野山の風景
|

|