2009年11月08日

五波峠から八ヶ峰へ

今日までが秋晴れみたいです。

ということで京都と福井の境界「五波峠」から初めて

「八ヶ峰」という山に登りました。

五波峠には、福井県知事名の大きな石碑があったので、京都ではなく

福井県でしょうか。

五波峠から八ヶ峰への登山道はブナ、ミズナラなどに覆われた

自然林を感じさせる樹林地帯を歩きます。

ブナなどの紅葉は、とっくに終わっていましたが、

まれに赤や黄色のカエデの葉っぱが、なんとか彩りを残していました。

八ヶ峰(800.1m)の山頂 到着。登山口から1時間半ほどで

あまりにもあっけなく到着。

山頂には、先にツアーの団体さんがいて、ごったがえしていましたが、

そのツアーガイドさんの山頂から見える山々などの説明を

ついでに聞かせて頂き、参考になりました。

「八ヶ峰」という名の通り、山頂からはパノラマ眺望で

能登、越前、近江、丹波、丹後、山城、若狭、加賀、京都が見渡せたような

気がします。

それから、帰り道、久々にシカくんに出会いました。

posted by てん at 22:42| 長野 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

京都の雲取山へ


秋晴れ、先日の冷え込みとは打って変わって、山中でも気温15℃ぐらい。 京都市内なら20℃近くかな?と思われる11月にしては 異常に暖かくなった天候のもと、 京都の北、花背高原前から雲取山に登りました。 登山口には、かつて存在したスキー場の跡があります。 その登山口から30分ほどで寺山峠に着きます。 その間は ほとんど杉、檜の植林に覆われているので、 秋とはいえ紅葉している樹々といったら光の乏しい暗い林間に たくましく伸びた黄色い葉の木のみ。
<寺山峠>に30分ほどで到着

寺山峠から一気に下って「一ノ谷」の沢に到着。 ここから「一ノ谷」の細い流れ沿いをさかのぼり、 何度も渡りかえしながら進み、雲取峠を目指す。
<雲取峠(フカンド峠>着 ここからは落葉樹に覆われ、空が大きく広がり、峠らしい開放感があります。

赤くなったカエデの木もありました。
雲取山(911.1m)に歩き始めて1:40分ほどで到着。展望はありません。 下りは「三ノ谷」ルート。このルートは短い距離ですが、なかなかの急傾斜で、 樹木の倒木や登山道の崩落で、なかなか厳しいルートです。
三ノ谷を下りきり、一ノ谷に出会うと、新たに造成された立派な林道が 伸びていました。その横に一ノ谷沿いの昔からの登山道は残されていましたが、 周辺の美しい大木、シャクナゲなどの自然林の大半は伐採され、 林道が山の斜面、上に向かって伸びるあたりでは、造成のため崩れてきた 岩の落石で、危険な状態という無惨な状態。 この変わり果て様、「ここもそうか」と残念きわまりません。 林道は昔の「きんま」を彷彿されるもので、太い杉などの丸太で 「いげた状」に組まれ、そこに石、土砂を詰めたような造成法で、 いっけん自然に馴染むような雰囲気ですが、 何れ丸太が朽ちたらどうなるのでしょう?林業の不況中、 一本の木の価格が下がっている中、無理矢理、林道を造って木を使ったような 感じがしてなりません。さて真相はどうなのでしょう?

一ノ谷登山道沿い、かつては鬱蒼としたオドロオドロしい樹林の中に、 空に向かって伸びていた「カツラの巨木」は切られず残っていてくれたのは まだしもの救いです。

花背に下山後、花背のおソバ屋さんに立ち寄りました。 美味しかったけど、高くってバブリーな雰囲気。
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2009年11月05日

京都 百万遍から南禅寺方向に

先だっての急激な寒さで、一気に冬モードで身体が縮こまってしまい、 身体がいったん冷えてしまうと、なかなか体中に暖かさが戻らないと 危惧していたら、今日外に出てみると、まあ暖かいというか、 例年の11月の気温のように感じられて、空を見上げると青空では無いけれど、 雨は降らないだろうな〜という曖昧な状態で、天気が持ちそうな気配。 真冬に一気に突入と思いきや、しばし秋の風情を楽しめる期間を持たせて くれるようです。 京都東山区 南禅寺辺りにての仕事に向かう途中、百万遍の喫茶店 駸々堂の 横を通り、白川筋の角にある街道筋の鎌倉期という巨大な弥陀像を見て、 南禅寺方向に南下しました。 この像は白川から滋賀にぬける出口にあたる場所にあり、 これから京都を出るもの、入って来た者の、安全を祈願するための ものなのでしょう。 南禅寺あたりの「あかね」というギャラリーでお仕事をして、 その後、ちょっと小腹がすいていたので その近くの「一休」といううどん屋さんで、「京都らしい、はんなりした おうどんでも食べよう」と思い、打ち水がほどこしているお店の前に行ったら、 なんと4時半閉店で、なんかとってもがっかり。   でも良かったことは、このうどん屋さんは普段絶対に入り込まないような 路地奥で、その突き当たりに西福寺という寺院を見つけたのです。 門前に、あの「雨月物語」上田秋成の墓所という石碑があり、 ここも夕刻につき、既に門は閉じられ、中には入れませんでしたが、 雨月物語と言えば、小さい頃「吉備津の窯」など読んで、ほんとに怖くって、 夜、トイレに行けなくもなり、夢にも出て来たりという恐ろしい記憶、 それに溝口健二監督の映画、京まち子さんの幽霊の美しさ。 その映画に実は青山杉作という、我が家の過去に存在した者が 老僧役として出ていたのです。 その方は僕が生まれる前に亡くなっていますが、 映像として残って、声まで聞けるというのはすごいもので、感激しました。 そのお顔は、やっぱり我家の顔つきで、 思わず、手を合わせたくなりました。 その帰り道、どこだろう?東大路の叡電線路がまじわうあたりの 「めんてい」?だったかな。「味噌煮込みうどん」を頂いて暖まり 「カレーうどん」もありましたが、最近食べたので、違うものにしました。 最近とにかく食べ過ぎです。蕎麦もありましたね。 運動してカロリー消費し尽くさなくてはいけません。
posted by てん at 22:15| 長野 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

花背峠 京都の峠道


仕事終了後、気晴らしに北にちょっと車を走らせて、 旧花背峠まで行ってきました。 花背峠とは鞍馬を通り、花背(はなせ)という集落に向かって北に向かう 細い峠道で、日本海、小浜に抜けるいわゆる、かつての「鯖街道」の一つです。 旧花背峠は、標高750mあまり、芹生(せりょう)と京都と花背との三叉路で、 芹生へ進む道は「京見坂」と呼ばれ、かつては京の街が見えたと 古い山の本に は記されていますが、さて現在はどうなっているでしょうか。 花背峠はなかなか険しい峠で、その旧道は部分的にかろうじて車が通れるものの、 軽トラであれば安心ですが、4輪駆動とはいえ普通車ではちょっと大変な ことになる可能性大なので、車道の駐車スペースに車をとめ、歩いて 杉の植林地帯を真っすぐに 登りました。
杉の植林の向こうに見える広葉樹の樹々は黄葉の終盤。
今日の夕刻は杉の伐採の作業があったようで? ショベルカーのキャタピラの跡と、 ここ数日の寒波で幾分雪が残っていて、 ぬかるみ、滑りやすく歩きづらい状態。 15分ほど登ると地蔵祠がある 旧花背峠に着きます。 祠の後ろには一本の杉の巨木が峠
を見守っていました。

帰り道、鞍馬に向かって車で下っていくと、百井への分かれ道のあたりで、 午後4時30分過ぎ、ザックをしょった方が、歩いています。「花背から登って来たのですか?」と声をかけたら「もっと遠くから来たよ」 というので、その北の集落の「広河原からですか?」と聞くと、 「いや小浜から鯖街道を歩いて来たんだ」と。 いったい日本海の福井 小浜まで何十キロ離れているのでしょうか? 思いもよらない応えに唖然として、一瞬返す言葉を失いました。 いくら何でも中高年の登山ブームとはいえ、これにはビックリもので、 鞍馬までまだ10kmぐらいはあり、あと30分もすれば真っ暗になります。 多分歩いて京都まで下りたいだろうなと思い、「お気をつけて!」と言って そのまま薄暗く、急な下り道を京都に向かって車を走らせました。 どうかご無事に。
posted by てん at 23:00| 長野 | Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日も寒い一日でした。

再び京都市の洛北、京見峠に向かいました。 京見峠の標高は400mぐらい、今度は気合いを入れて自転車で登りました。 この秋一番の冷え込んだ日でしたが、さすがに身体が熱くなってきて 汗がポタポタ落ちてくるほどの登り坂でした。 わざわざ再び京見峠というのも、峠のお茶屋が前回は平日で、閉まっていて、 後で調べたら土日と祝日のみ開いているとかで、休日の今日、寒いながらも 行きました。峠への途中、東北方向に数週間前に登った水井山、横高山、比叡山が くっきり。 京見峠の茶屋。今日はやっていました。お店の中に入ると大きな「おくどさん」が2つもあるような重厚なしつらえで、 お店のお婆さまに聞くと、建物は江戸時代享保年間、約350年前に立てられたものとか。 文化財に指定されているのでしょうか? 「京見峠から京都市内が望める場所はありませんか?」と尋ねると、やはり「杉の木が大きくなって見えなくなって」と。 「その先の氷室峠、城山に登るとどうですか」と聞くと 「松林に囲まれて眺望はないし、今は松茸の時期なので、立ち入り禁止」 であるとか。城山には登る必要はなさそうです。 PB03145920091104005956083.jpgということでストーブの横で「わらび餅」 それに「おソバ」を頂いてゆっくりしました。 峠から下界へは一気に下り、 身体が冷えてガチガチになってしまいましたが、 帰り道、時雨れた鴨川に昨日に続いて虹がかかっていました。 とかく寒い一日でした。 <峠のそば> <鴨川にかかる虹>
posted by てん at 00:18| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

寒かったので 今日はカレーうどん

今日、関西地方には木枯らし一号が吹いて、寒むかったです。

その風速20mぐらいにもなった強風、大荒れの中、

各地の海ではヨットやボートの転覆、転落、遭難騒ぎ、

NHK半井さんの天気予報を見なかったのでしょうかね?

寒〜い一日、無性にカレーの味が恋しく食べたくなりました。

というのも昨日、お昼のNHKFMラジオでカレーの話題が話されていたのも

後押しされたようです。

でも風が吹き荒れ、時折、冷たい雨が降るような中、

遠い場所に行くのもおっくうです。

そういえば、京都出身の方が「カレーうどんが美味しい」と言っていた、

「しみず」という、うどん屋さんが家の近くにあったことを

思い出したので、時雨模様の中、ちょっくら自転車で行ってみました。

お店は住宅地の中にあり目立たなく、自転車で数えきれないぐらい

店の前を通っていても、申し訳ないけれどお店に入るのは今日が初めて。

店の中に入って、張ってあるメニューを見ると、やはり肉カレーうどん、

きつねカレーうどん、、とカレーが付くメニューが多く、丼ものもありましたが、

何を注文しようか?迷うところ、分からないメニューがありまして、

それは「カレーとじうどん」

何?と思いお店の奥様に聞いたら、卵とじだとかで、

今回は写真の「カレーとじうどん」を注文しました。

京都は商家や職人が多い町です。

うどんは「細く長く」ということで験をかついで食べるものでもあり、

京都のうどんは時に、箸でつまむと、ぷつん!と切れてしまうような、

腰の無さが、四国の讃岐うどんを京都人が「ゴムみたい」と表現する

うどんとは対極の存在で、その柔らかさが良しとされ好まれます。

(間違っていたらスミマセン)

その食文化には深い意味があるかもしれませんが、よくわかりません。

それから、その後に入って来たお客さんが、

「カレーそばお願い」と

蕎麦もあったんだとビックリ。常連客のようです。

確かにうどんをいただいて店の外に出、看板を見たら「うどん、そば、丼 しみず」

とちゃんと記されていましたが、店内にあるメニューには書かれていません。

蕎麦にカレーとはなかなか面白い。

ミシュラン三ツ星に輝くお店が多々ある京都の食文化の奥深さに

いっそう分かんなくなってきました。

posted by てん at 23:26| 長野 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のひとしな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

京都で山盛りのお蕎麦


今日は午後から雨というので、雨が降る前にお昼ごはんとして、
左京区のお蕎麦屋さんに 行きました。京都としては蕎麦の量が多いお店です。 ちょっとだけ奮発して二八蕎麦ではなく十割蕎麦を注文しました。
休みの日ということもあるのでしょうが近頃は人気があるようで、
お昼の開店とほぼ同時に店に入ったら、既に先客が1人いました。
お店の注文を聞きにきてくれる女性の方が「混み合うので相席でお願いします」
と。まだお店は僕を含めて2人のお客のみなのに
店員の発する言葉も身のこなしも既に 余裕の無い態勢になっています。
さぞこれから大忙しになるのでしょう。 それはそれで活気があって、
いきがいいのでしょうが、 お客としては、まだすいている店内のなかで、
何となく慌ただしい空気を感じるというのは、まあしょうがないかな。
せっかく美味しくお蕎麦を食べに来たのにね。
蕎麦屋さんには、もちろん威勢の良さと共に
日本的な品のいい落ち着いた雰囲気も求めたいですね。
それから車はちゃんと駐車場にとめましょうね。
posted by てん at 22:34| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のひとしな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

京都北山の峠 祖父谷峠、魚谷峠

先日訪れた桟敷ヶ岳の北東にある祖父谷峠の石仏を確認するのを 忘れたので、今度は桟敷ヶ岳を登らずに、祖父谷峠に直接向かいました。 車を駐車した場所から、30分ほど北に歩くと峠に到着します。 杉の大木の北側、10mほど離れたところに石碑と顔のない 小さな石仏がありました。 それから40分ほど山道を歩いて石仏峠に向かい、杉の木の根元に2体 あるはずの石仏を捜しましたが、付近は送電線ため付近の樹々は伐採され、 京北町に下りていく地蔵谷の登山道も、もはやはっきりせず、 廃道状態で、石仏も見あたりません。残念なことです。 石仏は土の中に埋まってしまったのならまだ良いのですが。 この石仏峠のすぐ南下に無舗装の林道が 伸びていて、ちょうどtw220091030233052937.jpg峠に着いた頃、 その林道を走る車を見たので、 車が通行できる状態であると分かり、 私も1時間ほど歩いて、いったん車に戻り、 この林道を通り、魚谷峠(いおたにとうげ)に 行ってみようと思い立ちました。 途中、赤く熟したサルトリイバラ(山帰来) の実を久々に見つけました。   魚谷峠は廃道になった道を含めれば、6叉路が交差する峠なので、 京都北山の中でも本来は重要な地位を占める峠なのでしょう。 本来はというのも、そのうち3本が車が通れる林道となってしまって、 本来の味わいが薄まっているからです。 魚谷山には普段、貴船側の滝谷峠から登るのみで、この峠から 山頂まで20分ほどで登れるので、せっかくだから登ってみました。 山頂まで、登山道を示すテープが木の枝に至る所に付いていたので、 意外にこの峠から歩く人が多いのか、それとも迷いやすいからでしょうか。 京都北山の中でも相当な奥地です。 <魚谷峠> 久々に魚谷山 山頂を踏み、往復40分ほどで、魚谷峠に戻り、 車に乗り込んで、雲ヶ畑の出会橋まで、一気に大変な急傾斜の 下り道を「この林道を歩いて登るのは嫌だよな」と思いつつ、下りました。 渓流沿いには野菊かヨメナか分かりませんが、まだ咲いていました。
posted by てん at 23:32| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

峠道 山科から小関越へ

京都市東山区日吉に用事があり行きましたが、

そこまで市内を横断する道路は、10kmほどなのに、たいがい渋滞して

時間がかかるので、その用事だけではもったいなく思い、東山から山科に抜ける

裏道を通り、五条通に出て藤尾から「小関越」の峠を見に行きました。

1枚目の写真は京都市内から山科に抜ける山道の「西野山」あたりで、

多分、あの征夷大将軍、坂上田村麻呂の墳墓が存在する場所であると思います。

地図では醍醐道となっていますが、地元では滑石街道と呼ばれています。

つづいて「小関越」の峠に向かいました

いわゆる「逢坂の関」で有名な「大関越」に対する「小関越」です。

10数年前、何故かしら歩いてこの峠を越えたことがあるのですが、

その時と基本的には変わっていませんでしたが、

地元の80歳のお婆さまに聞くと「昔は、舗装もされず、細い山道で

趣があって良かった」と。峠にはお地蔵さんを祀る祠があり、

三井寺の僧兵も京都と往来した古道です。

途中の民家の生垣で、お茶の花を見つけました。

posted by てん at 23:46| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

京見峠 京都と丹波を結ぶ道

仕事の帰り道、ちょっと京都 鷹峯北にある京見峠に寄り道しました。

よくここまで自転車で走ったものですが、今日は車です。

途中、自転車で登ってくる元気な方に3人会いました。

峠の手前にお茶屋があるのですが、残念ながら今日はお休み。

お茶屋といっても祇園にあるような舞子さんや芸子さんが、「おこしやす」

と声をかけてくれる、お茶屋ではなく、お団子やぜんざいでも出してくれる

峠のお茶屋です。きっと?お茶屋の方はお婆さまのはずです。

京見峠はそこにある説明文によると「太平記に延元元年(1336年)

後醍醐天皇方の兵が足利尊氏との洛中合戦にあたり北の要所として

陣をはったとある。北山、西山の諸峰を左右に見て、峠に立てば、

名のとおり、眼下に船山、釈迦谷山を、遥か前方に京都市内が一望できる。

かつては関所も置かれていた〜」とか。

由緒のある峠です。

このお茶屋の先に京都市内を一望できる場所があったはずなのですが、

植林された杉が大きくなりすぎて、見えなくなっていました。

誠に残念です。

その先を北に進むと氷室という集落があります。

冬に氷池でできた氷を氷室で保存し、夏に宮中で使用したとか。

それがそのまま地名になっています。

この氷室神社北に、氷室の跡が3ヶ所ありますが、行ってみると、

単なる大きな凹みでした。碑がないと分かりません。

posted by てん at 21:40| 長野 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする