2009年12月23日

京都、二ノ瀬ユリを登り貴船山から魚谷山へ

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<二ノ瀬ユリから尾根道へ>
京都の鞍馬に向かう京福電車、いわゆる叡電と呼ばれる電車に乗り、
途中の二ノ瀬という駅で降り、そこの富士神社から二ノ瀬ユリと呼ばれる
登山道を北に進み、まずは貴船山に登りました。
貴船川沿いにある貴船神社は水の神として崇められていて、その名を冠した貴船山は
さぞ霊験あらたかな場所でろうと、ちょっと期待していました。
二ノ瀬ユリの登山道は道幅1m以上もありとてもいい道。
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寒波到来で尾根のでて樋ノ口峠を過ぎる頃、気温を確認したら3℃前後。
雪はうっすらと積もっていた程度でしたが、
渓流の水のたまりは、ところどころ凍っていて、油断したらツルリと滑り落ちそう。
そんな山奥でバイクエンジンの音が響いてきました。
7、8人ほどのモトクロスバイクの一団。
歩いても危ない登山道なのにバイクとは?
それも社会の常識を理解して然るべき中高年たちばかり。
登山道は凍結して、滑り落ちたら4、50mは滑落するのに。
それにバイクのため登山道が崩れ、歩くものにとって危険な状態にもなります。
山で走り楽しいという気持ちはちょっとわかるけど、
然るべき場所で遊んでほしいですね。
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<貴船山 山頂>につきました。
眺望なしですが、周囲は自然林。
よくある山頂です。
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貴船山から直谷におりて、魚谷山に登りました。
渓流にはツララもあって、まさに極寒の世界。
寒かったです。
posted by てん at 00:43| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

京都の山奥で、忘れ去られたキンマ(木馬)の痕跡を発見!

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偶然、道に迷い木馬(キンマ)という実物を初めて見て感激しました。
京都府南丹市の山奥、もちろん朽ち果てつつある残骸という姿です。
キンマとはいったい何?ということになりますが、
かつての日本の林業において、杉、檜など植林の木々を切り出して、
効率良くまとめて、山の急斜面を集積所まで運ぶために、
木で作った鉄道?ハシゴのような木道です。

実際に行われている風景はもちろん見たことがないのですが、
モノクロの動く映像で、その風景を見たことがあるようなないようなという
曖昧な記憶。

キンマが使われなくなったのは4、50年以上も前?らしく
京都の北山を歩く登山者は、この使われなくなったキンマ道を利用して
山を歩いたこともあるという。

そのキンマが、現在も朽ち果てずに残っていたっというのは、びっくりものでした。
posted by てん at 23:52| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

京都の亀岡から明智越を歩き、水尾、保津峡へ

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<道筋にはお地蔵さん、いろいろ美的でないものがあります>
京都府の亀岡駅から保津川を渡り、愛宕山の中腹の
集落、水尾に向かう「明智越」と言われる登山道を歩きました。
その名の通り、戦国時代の武将、明智光秀公が歩かれ、
本能寺攻めへは、丹波から京へ、老ノ坂、唐櫃越、そしてこの明智越と
軍勢を3つに分けて山越えをしたということなので、
確かに明智越は騎馬も通れる整えられた道でした。
もし愛宕社に戦勝祈願してから、本能寺に攻め入ったとすれば、
この明智越のルートが、明智光秀公の京へ向かった最後の道ではないかと。

モトクロスバイクらしきタイヤ跡がありました。
それぐらいしっかりした道ですが、
これはヤメテ欲しいな。足で歩いても危ないところがあるのに、
バイクで走ったら、尾根から崖へ勢いよく下っちゃいますよ。
そんな現場を発見したくないですね。
それから今日の山歩きで、3組の登山グループに出会いましたが、
いづれも登山地図を持っていなかったのです。
なんと恐れを知らないことか。
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<明智越の尾根道>
途中、前方後円墳や清和天皇を祀る頂とか、鐘楼跡など歴史の重々しさが
あたり一面ずっしり漂い、靄におおおわれるような天気のよろしくない日は、
見えないものが見えたりするような感じで怖いです。
まだ見つかっていない行方不明者もいるようです。
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2時間ほど歩くと、山の斜面に水尾の集落が見え、柚子の香りが漂ってきます。
水尾は柚子の里。柚子風呂の宿もあり、一回ぐらいは泊まってみたいものです。
最近水尾の柚子を使ったケーキとかいって、大々的に広告をうってますが、
それはこの素朴な集落とかけ離れたものなのかな?と思ったりします。

ここで山歩きは終了。その後は愛宕山に登るとか、色々なルートがありますが、
今回は素直にJR保津峡駅に向かい列車で帰ります。
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水尾集落内の清和天皇社にお参りしてから、5km先のJR保津峡駅に向かいました。
この距離はなかなか辛いものがありますが、
どうしようもありません。
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JR保津峡駅
その先にトロッコ電車の駅もありますが、
運賃のことを考えて、ここから京都市内に帰りました。
タグ:山歩き
posted by てん at 23:23| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

紅芯大根、切ったらびっくり。きれいです。

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なんとびっくり!
蕪のような丸い形で外側は緑色なのに、切ってみると
ごらんの通りきれいなピンク色。大根です。
種は中国野菜ですが、生産京都市右京区京北町なのでもちろん新鮮、安全。
すりおろすとピンク色の大根おろしになりましたが、
ぬか漬けにすると赤みがもっと鮮やかになりそうなので、
良さそうです。楽しい野菜です。
posted by てん at 23:28| 長野 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のひとしな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

京都の京北、山国から茶呑峠、鳴の堂まで。とってもマイナーな山歩き。

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京都の北部、京北の峠、茶呑峠を訪れました。
峠には背の高い古いお地蔵さんがあり、大切に守られています。
そこからユリ道を30分ほど歩き、その昔、峠のお茶屋があったという
「鳴の堂」まで進み、そこで2つの仏様を拝しました。
途中、ところどころ巨木になりかかった台杉の枯木、森の歴史の深さを感じ、
鬱蒼とした杉林に囲まれた道は、光も入り込まず正直言って陰気このうえなし。
でも、かつてこの道は多くの往来があったと想うと、背筋がぴんとなったり、
鳥の羽音がするとビックとしたり、
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「鳴の堂」の石仏
昔の歴史を感じながら
脈略ないけど、日本国内に
アメリカの基地は要らない状態が
当たり前にならないのかな。
それとも手頃な無人島はなかったかな。
posted by てん at 22:25| 長野 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

ニシン蕎麦でなく、鯖そば

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京都市の北、現在は京都市右京区なのですが、昔の京北町 周山あたり
道の駅ぽいけど、まだそうでない「ウッディ京北」で
ニシン蕎麦ではなく「鯖そば」なるものを頂きました。
そばの上に煮付けた鯖、ちょっと焼いてましたね。
鯖の炊き具合の味がとても美味しく、
かまぼこ、水菜、ネギ、出汁もあっさり。
それにおろし生姜ものって、寒い時期、身体も温まり、
お出汁はすべて飲み干していまいました。
もちろん、お蕎麦自体は京都ということもあり、頼りない腰なのですが、
というより京都人にとって、そばとかうどんに腰はないものなのです。
偏見だったらごめんなさい。

と考えたら、関西といったら、うどん
でもニシンうどん、鯖うどんはないですよね。なぜ?もしやすでにあったりして?
それも変です。あわないのかな?
でも米どころといっても、ニシン、サバ丼はないか?
多分ね。
う〜ん、そういえば京都在住は長いけど、
ニシン蕎麦を食べた記憶がない。それも変ですが、
どうしてといえば
そばの上にのっかったニシンは美味しくても
そばがイマイチ というイメージで、食べる気が起こらないのかな??
一回挑戦してみようと思うのですが、
京都で蕎麦屋さんに入ると、つい別なものを頼んでしまいます。
タグ:
posted by てん at 00:02| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のひとしな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

京都の北部、南丹市日吉町四ツ谷から海老坂峠へ

12月になっても、気温20℃近くになったり、雨、晴れ、
目まぐるしく変わる猫の目天気で、年末なのに温暖な日が多いですね。
温暖化が実感できるようになったのでしょうか。
この冬、このまま暖冬になってしまったら、いったいどうなるのでしょう。

青空の日にあわせて京都市の北部、南丹市の四ッ谷という集落から
海老坂峠という峠を歩いてみました。
海老坂峠は日本海側の若狭と京都を結ぶ、いわゆるかつての鯖街道という
古道の一つ。
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日吉、四ッ谷の集落から細い車道を進み、車がなんとか上がれる終点に
玉岩地蔵堂があり、そのお堂横の渓流の流れに沿って海老坂峠に登りました。
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登り始めは檜や杉の植林の暗い樹林地帯を進み、
やがて部分的に広葉樹の明るい樹林も広がり、
さぞや多くの人達が行き交ったのであろうと想起させるような、
よく踏み込まれた歩きやすい道を登っていきます。

今回、わざわざ海老坂峠を歩いたの理由は、
この峠の八百比丘尼(はっぴゃくびくに・やおびくに)の伝説にひかれたからです。
その伝説とは「昔々、時代は奈良、美しい娘が人魚の肉を食べ、
それから歳をとらなくなり、何百年たっても若いまま。
気味悪がった村人は近づかなくなり、娘は髪をそり尼となり、
地蔵を背負って諸国行脚の旅にでる。全国を巡った末、比丘尼が、
京から若狭へ戻る途中の海老坂で一休みすると、
背中に背負ったお地蔵さんが夢に現れ、゛もう動くのは嫌、ここは良いところだから、
この地にとどまって衆生を済度する゛と。
すると、お地蔵さんが急に重くなり動かなくなって、
尼は海老坂の大岩の上に安置したという。その地蔵を祀ったお堂がこの玉岩地蔵堂」
というもので、お堂の奥にはその大きな岩が御神体として存在します。
伝説なので、いろいろ不可思議なものがあります。
1、人魚を食したっという、いったい人魚とは何か?
2、人魚を食すとなんで長生きできたのか?
3、八百比丘尼はもっと長生きできなかったのか。
4、美しかった八百比丘尼の画像は存在しているのか?
考えても意味が無いこととは思います。

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<海老坂峠>
約30分ぐらいの登りで峠に到着。峠の北側の岩にはお地蔵さんが祀られてあり、
その上には南北朝時代という宝篋印塔があり、その先には山頂に続く踏みあと。

海老坂峠を通過して、落葉の厚く積もった登山道を
しばらく美山町板橋方向に下って行きましたが、
車を置いた場所まで戻らなくてはいけないので、板橋への林道に出る直前、
再び海老坂峠から玉岩地蔵堂に引き返しました。
そして車で海老坂の反対側の登り口、板橋に行ってみようと思っていたところ、
玉岩地蔵堂に着いたところで、下からこちらに向かって登ってくる
お三方がいらっして、峠の向こう側、板橋の下り口にも車をとめているので、
「もう一度どうですか」とおっしゃっていただき、
再び峠に登り海老坂全ルートを歩いてみることになりました。
誠にありがとうございました。
posted by てん at 00:59| 長野 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

京都北山の鍋谷山、井ノ口山へ 大芦生杉群落地へ

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京都市の広河原、「原地中の町」の登山口から登ること
約2時間ほどで鍋谷山(標高859m)の山頂に到着。
鍋谷山、片波山周辺は芦生杉といわれるの巨木が残る
魅力ある樹林の存在する地域です。
途中、ナベ谷峠を通過しますが、峠に近づくと
何やら重機の音が響き始め、
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目の前には急傾斜の壁が現れ、その中央の階段を上って行くと
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造成中の立派な林道が現れます。
その西側下にナベ谷峠がありました。
峠が林道の下にあるということは、峠のくぼみに
盛り土をしたのでしょう。
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<ナベ谷峠>
鍋谷山へは造成中の林道を進むこともできそうですが、
なんとかナベ谷峠から鍋谷山へ進む登山道を探し、
尾根づたいに進みました。
あまり歩く人が少ないようで、ルートははっきりせず、
最初の急斜面は、木株や岩にしがみつきながらでないと、
100mは滑り落ちる危険大ですが、途中木株に引っかからなかったら、
造成中の林道に落ちるから、発見されやすいですね。
でも運悪く、林道に落ちた時、ちょうどダンプが来て、
ひかれたら最悪ですね。そんなことを脳裏に浮かべながら、
なんとか無事に登りきりました。
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杉やブナの大木に覆われた心地よい登山道から、1回造成中の林道に
ぶつかります。
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林道が伸びるところには、切られたての大木がごろり。
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鍋谷山に近づくにつれ見事な樹林が現れ始めました。
広葉樹の葉っぱが既に落ち、樹林の中は明るい晩秋であるから、
気持ちよく歩けますが、春や夏の葉っぱが茂ったときは、
巨木の迫力は結構オドロオドロしい雰囲気でしょうね。
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鍋谷山の東、井ノ口山あたりに大芦生杉。
10年ほど前の地図には
京都府自然環境保全地域につき立ち入り制限」と記されていますが、
新しい地図にその表記はありません。
保全すると指定している京都府がその核心部に林道を造り続けているのだから、
変ですね。
樹齢500、600年の樹林を切ることは、京都市内の歴史的建造物に
置き換えて考えると、空恐ろしく感じます。
京都府、京都市ともとんでもない財政大赤字なのだから、
蓮舫さんを呼んで事業仕分けを京都でも行って欲しいですね。
でも、ここまで自然を壊したら、もう戻せない。
残念ですね。
金閣寺や御所などは、図面などあれば、すっかり燃えてもなんとか再建できるけど。
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丹波広域基幹林道建設事業「深見大布施井ノ口工区」
施工責任者「京都府京都林務事務所」と表記されていました。
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京都府京都林務事務所のHPです。
参考まで
http://www.pref.kyoto.jp/kyotorinmu/1245805624077.html
posted by てん at 21:45| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

この秋、京都の紅葉は終盤か

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夕刻、近所の京都宝ケ池に行ってみたら、
まだ枝に赤い葉っぱが残っている紅葉を見つけたので、撮影しました。
今年終わりの紅葉になるかな?
とはいってもこの秋、京都市内、紅葉の有名な寺院には
門前を通っても、あまりもの人の多さにおじけづいて、一つも入っていません。
松ヶ崎などの里山を見ると、クヌギなどの雑木林はやっと茶色や黄色に
なってきました。例年に比べると遅いでしょうか。
何しろ今日は気温20℃近くあったのではないでしょうか。

昨日、里山という言葉を初めて定義された
京都大名誉教授、四手井綱英さんがお亡くなりになりました。
数年前、90歳を越え、風邪をこじらせもうだめだ、
「21世紀を生きる皆さん、元気でね」と最後のはずの本の
あとがきに書かれていましたが、それからもう1、2冊、
本を出された強靭さにはビックリ。
京都北山の巨木の残る美林に、京都府、市が、いまだに林道を造り続けている時こそ、
先生がお元気で、京都北山の姿を見てほしかったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
posted by てん at 18:26| 長野 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 野山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

京都御苑の紅葉はそこそこ奇麗でした。

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京都御苑内の紅葉
御苑は広いので、自転車で北の端を東から西に横切っただけで、
たくさんのカエデ、イチョウなどきれいに色づく樹々がたくさんありました。
その上、紅葉狩りの方々が目指すところは、東福寺、清水寺などの東山、
嵐山、大原三千院などの紅葉の名所で、京都御苑は広いということもあり、
ずい分すいている様に見受けられます。
もちろん3連休がやっと終わった翌日ということもあるのですが、
それでも、その前に訪れた洛北 一乗寺の曼殊院は平日なのに
大勢の人で、寺院に向かう道は畦道がそのまま車道になった
ような細さと、くねりようで車の離合も難しく、大渋滞となっていました。

先週は京都も冷え込みましたが、今週は今日の雨の後、また暖かくなりそうなので、
紅葉する木もいくぶん戸惑っているように感じます。

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それでも京都御苑一画の大銀杏。
さすがに太古からしぶとく生き残ってきた木だけあって、
少々の気候、気温の変化にはびくともせず?
カエデなど葉っぱが赤くなる前に縮れて、茶色く枯れてしまい、温暖化の影響を
もろに受けてしまっても、イチョウの木は毎年必ず美しい黄金色になるようです。
もし、このたくましいイチョウの木が、
秋にきれいな色にならないようになることがあれば、
ばたばた倒れることがあれば、その時は人間もおしまいなのでしょうか。
考えるだけも怖いことです。
posted by てん at 23:01| 長野 | Comment(0) | TrackBack(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする